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東京高等裁判所 平成5年(う)751号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渥美三奈子提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官提出の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一  法令適用の誤の主張について

所論は、要するに、次のとおり主張する。

即ち、原判決は、本件について有害な業務に就かせる目的で労働者の「供給」を行ったとして職業安定法(以下「職安法」という。)六三条二号(有害職業紹介等の禁止)を適用するとともに不法就労活動をさせるために外国人を「自己の支配下に置いた」として出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)七三条の二第一項二号(不法就労助長罪)を適用し、両罪を併合罪として処理している。しかし、本件は、被告人が労働者(外国人)を支配していないから、職安法上の「供給」にも入管法上の「自己の支配下に置いた」にも当たらず、ただ、有害な業務に就かせる目的で「職業紹介」を行った点で職安法六三条二号を、入管法七三条の二第一項二号の行為に関し「あっせん」をした点で同法七三条の二第一項三号を、それぞれ適用すべきである。そして、両罪は観念的競合の関係にあるから重い職安法違反罪によって処断することになり、罰金刑を併科することはできない。したがって、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤がある、というのである。

しかし、原判決には所論が指摘するような法令の適用の誤があるとは認められず、所論を採用することはできない。以下に付加説明する。

一  事実関係

記録によれば、所論に関連する事実として、次の事実が認められる。

1  被告人は、平成四年三月九日、売春目的で日本に入国したタイ王国国籍の外国人女性Aを、いわゆるブローカーから一八〇万円で買取り、同女の旅券と航空券を預かり、原判示の○○ハイツ五〇四号室に連れて行き、同女を同室に居住させた。Aは、前日の同月八日、短期(九〇日)滞在資格により入国したもので、日本語や地理に通じておらず、特段の所持金も持合わせていなかった。

被告人がAをブローカーから買取ったのは、同女に売春婦として就労させ、借金返済の名目で三八〇万円を支払わせることを意図したもので、右の際、ブローカーや他のタイ国人売春婦を通訳人として、Aに対し、原判示のバー「××」でホステス兼売春婦として働き、三八〇万円を自分に支払うべきこと、その売春代はショートが二万五〇〇〇円、泊りが三万五〇〇〇円だが一回の売春につき五〇〇〇円の手数料(おとし)を被告人が取得し、残りを被告人への借金返済に充てること、売春代は全て同店のママであるBが保管し、被告人が集金に来ること、被告人への借金返済が終わった後は自分の稼ぎになることなどを説明し、Aに右三八〇万円の支払などを約束させた。

2  「××」は、平成二年一〇月ころからCが開店経営するバーで、Bがママとして雇われ、台湾出身者などをホステスとして雇い、来店した客を相手にホステスに売春をさせてきた店である。ホステスは無給で、客に気に入られるとBの斡旋により、近所のホテルで前記の金額で売春した。○○ハイツ五〇四号室は、Cが賃借名義人となっている部屋で、ホステス兼売春婦を居住させるために賃借したものであるが、Bが居住してその賃料等を支払うとともに、「××」のホステス兼売春婦を同居させて食事を提供し、部屋代や食事代を取っていた。

被告人は、Bとのかねてからの知人であり、「××」を訪れたりして、ホステスが売春をする形態を知っていたうえ、Bから売春婦を集めることを頼まれていたことから、Aを○○ハイツ五〇四号室に連れて来て、同店のホステス兼売春婦として雇うことにしたBに引き渡した。

なお、被告人は、Bから紹介料などの報酬は得ていない。

3  被告人は、月に一、二回○○ハイツ五〇四号室に来て、Aが「××」で売春をし、Bが被告人に頼まれて保管していた売春代の現金を、AとBの記帳を付き合わせるなど確認して受け取った。そのとき、被告人は、BにAの一か月四万円分の部屋代や一週間分の食事代五〇〇〇円ほどを手数料分などから支払っていた。

4  被告人は、同年九月一六日にAが三八〇万を完済したことから、「××」に預けておいた同女の旅券や航空券を○○ハイツ五〇四号室で返還した。

5  一方、被告人は、平成四年三月一六日、売春目的で来日したタイ王国国籍を有する外国人女性Dを、Aと同様に、ブローカーから一八〇万円で買取り、同女の旅券等を預かり、売春の方法などを説明して借金返済の名目で三八〇万円を支払うべきことを約束させ、○○ハイツ五〇四号室に連れて行き、ホステス兼売春婦として雇うことにしたBに引き渡した。Dもまた日本語や地理に通じておらず、特段の所持金も持合わせていなかった。なお、被告人は、やはり、月に一、二回同室に集金に来て、Bの保管していたDの売春代の現金を受け取るなどしていたが、同年九月一六日にDが三八〇万円を完済したため、同女にも旅券等を返還した。

6  AもDも、同年九月一六日以降も○○ハイツ五〇四号室に住み、「××」でホステス兼売春婦を続けたが、来店した客への売春はBが斡旋したものの、売春代は全額AやDが自分で管理取得するところとなった。部屋代等もBとAらの間で清算された。

以上の事実が認められる。

所論は、○○ハイツ五〇四号室がBの住居であって、同所にA及びDが居住させられていること、Bが売春代を取り上げて保管していたこと、旅券などを「××」で保管していたことなどを指摘するが、右の認定事実のとおり、○○ハイツ五〇四号室のAやDの部屋代を支払っていたのは右の約六か月間は被告人であること、Bが売春代を保管したのは被告人に頼まれたためでAやDの被告人に対する借金返済の名目の三八〇万円の支払が終わるまでの期間であったこと、旅券等を当初ブローカーらから預かり三八〇万円の支払を終えたときAやDに返還したのは被告人であることを無視することはできない。

二  法令の適用について

1  職安法六三条二号の適用(同号にいう「労働者の供給」の意義)

所論は、職安法六三条二号にいう「労働者の供給」とは、供給元がその事実上の支配下にある労働者を、その支配下に置いたまま供給先の使用に供することで、その事実上の支配とは、「就労の開始にあたって労働者の意思が殆ど顧慮されないような実力的な従属関係にあるもの」をいい、本件はそのような実力的な従属関係にないと主張する。

職安法六三条二号では、処罰の対象となる行為として有害業務の「職業紹介」、「労働者の募集」及び「労働者の供給」を定めているところ、このうち職業紹介については、同法五条一項で、「求人及び求職の申込を受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあっ旋することをいう。」とされており、かつ、この場合、紹介者は、求職者とは対等の立場であっ旋をするものである。

他方、供給については職安法五条六項で、「供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい、労働者派遣法二条一号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものをいう。」とし、労働者派遣法二条一号において、労働者派遣とは、「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする。」と定義されている。そこで、労働者の供給は、供給元と供給先の供給契約に基づき、供給元が雇用関係にはない労働者を供給先の使用に供し労働者と供給先の間に雇用契約または指揮命令関係を生ずる場合を指すことになるが、職業紹介とは異なり、供給元と労働者との間には事実上の支配関係が存在することが必要であると解される。

ところで、所論は、前記のように、右の事実上の支配は、「就労の開始にあたって労働者の意思が殆ど顧慮されないような実力的な従属関係にあるもの」をいうとするのであるが、所論引用の判例(東京高等裁判所昭和二六年九月二八日判決、東京高刑時報一巻四号五一頁)は、職安法四四条(罰則規定、同法六四条四号)の労働者供給事業の禁止に関するものであり、同条にいう供給は、売淫業に対する継続的な婦女の供給の禁止をも念頭に置いたその立法の経緯からすると、所論のいうようにかなり強度の支配従属関係を予定していると解されなくもない。

しかし、同法六三条二号にいう供給は、とくに労働者を公衆衛生上または公衆道徳上有害な業務に就かせるという目的をもってする違法性の高い場合に限定していること、支配従属関係を前提としない職業紹介等も同一法条内で同一法定刑で処罰すべきものとされていることなどからすると、所論のいうような強度の支配従属関係を前提とするものではなく、供給元が労働者を供給先に供するにつき、労働者に対し単なる紹介にとどまらず、その意思決定に当って何らかの指示ないし影響を与え得る関係があれば足りると解するのが相当である。

これを本件についてみると、前認定のとおり、被告人は、日本語や地理に通じないAらとの間で、同女らの旅券等を預かり、バー「××」でホステス兼売春婦として働き借金返済の名目で三八〇万円を支払うことを約束させ、○○ハイツ五〇四号室に居住させるなどしていたものであり、このように心理面、経済面等で指示ないし影響を与え得る関係にあった同女らをホステス兼売春婦として雇主となるBに引き渡したものであるから、職安法六三条二号の職業紹介ではなく、同号の労働者の供給を行った場合に該当することは明らかというべきである。

2  入管法七三条の二第一項二号の適用(同号の「自己の支配下に置いた」の意義)

所論は、入管法七三条の二第一項二号の「自己の支配下に置いた」の意義について、職安法四四条における労働者の供給と同様に強度の支配従属関係を必要としていることを前提として、本件はそのような支配従属関係になく、同条第一項三号にいう「支配下に置くことをあっ旋した者」に該当するにすぎないと主張する。

入管法七三条の二第一項二号は、外国人の不法就労の根絶のためには、当該不法就労行為とともにこれを誘因助長する行為をも併せて取り締まる必要があるとの趣旨に基づくものであり、右の趣旨にかんがみると、同号にいう「自己の支配下に置いた」には、外国人に心理的ないし経済的な影響を及ぼし、その意思を左右しうる状態に置き、自己の影響下から離脱することを困難にさせた場合も含まれると解すべきである。

これを本件についてみると、前認定のとおり、被告人は、日本語にも地理にも通じておらず、特段の所持金も持合わせていなかったAらの旅券等を預かり、同女らに借金返済の名目で三八〇万円の支払を約束させ、「××」のママであるBの住居に連れて行き、Bに依頼して同所に住まわせて食事の提供をし、その返済が終わるまで同女らの売春代を全て取得していたのであるから、Aらに心理的ないし経済的な影響を及ぼし、その意思を左右し得る状態に置き、自己の影響下から離脱することを困難にさせたものであって、入管法七三条の二第一項二号にいう「自己の支配下に置いた」に当たるというべきである。

3  罪数

所論は、本件被告人の行為が、職安法六三条二号のうちの「職業紹介」に当たるとともに入管法七三条の二第一項三号の「あっせん」に当たり、両者は観念的競合の関係にあると主張する。

しかし、本件は、前記のとおり、職安法六三条二号の「労働者の供給を行った」こと及び入管法七三条の二第一項二号の「外国人を自己の支配下に置いた」ことに当たるから、所論はその前提を欠くものである。なお、罪数判断の基礎となる行為は入管法違反については、Aらの旅券を保管したうえ同女らを原判示の○○ハイツに居住させたことであり、また職安法違反については、AらをBに引き渡したことであり、両者は社会的見解上別個のものと評価されるから、併合罪の関係にあると解するのが相当である。

4  まとめ

以上説示したところによれば、原判決に所論のいうような法令の適用の誤があるとは認められず、論旨は理由がない。

第二  量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役三年及び罰金二〇〇万円に処し、右懲役刑につき五年間執行猶予とした原判決の量刑は、罰金を併料した点において重過ぎて不当である、というのである。

記録によれば、本件は、被告人が、短期滞在の在留資格で入国した二名のタイ人女性をブローカーからそれぞれ一八〇万円で買取り、同女らの旅券等を預かったまま、同女らを被告人の指示するアパートに居住させ、それぞれいわれのない借金返済の名目で三八〇万円の支払を約束させるなどして、約六か月間同女らを支配し(原判示第一及び第二の事実)、かつ、同女らを知人が雇われママとして勤務しているバーでホステス兼売春婦として有害業務に就かせる目的で供給した(同第三及び第四の事実)、という事案である。

本件は、原判決が量刑の理由で説示するとおり、国際的な人身売買の一翼を担うものであり、また、売春により稼いだ金員の上前をはねようとして実行したもので、厳しい社会的非難に値する。犯行の動機は、被告人の夫が経営し、被告人が任されていたスナックが赤字続きのために、その穴埋めに計画したもので、酌量の余地に乏しく、犯行の態様も、三八〇万円と多額の返済を約束させ、旅券等を預かり、売春代を全部取り上げるなどして約六か月間支配を続けたものであり、二人から総額七六〇万円の支払を受けたばかりか、売春一回につき五〇〇〇円を「おとし」と称して徴収していたのであり、悪質である。このような被告人の刑責は重い。

そうすると、被告人には前科前歴がなく、本件を反省していること、本件の支配が実力的なものではなく比較的緩やかなものであったこと、本件タイ人女性二名は売春目的で来日していたもので、被告人の支配下から脱した後も同様に売春を続けていたこと、被告人の夫が一〇〇万円の贖罪寄付を法律扶助協会にしたこと、同人が今後の被告人の指導監督を誓っていることなどの被告人に有利な諸事情を十分に考慮しても、原判決の量刑はまことにやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとは認められない。

所論は、罰金は刑罰であって、保安処分的性質を有するものではないから、不法利益の剥奪を目的とするものであってはならず、原判決の罰金二〇〇万円の併科は責任主義の限度を逸脱していると主張する。しかしながら、罰金併科の根拠は、利欲犯的性格の強いものには体刑のみならず罰金をも併科することにより刑罰の目的を達成しようとするものであるところ、本件は、被告人が前記のとおり多額の利益を得ようとして実行したものであって、現に七六〇万円以上の支払を受け、四〇〇万円以上の利益を得ていることなどからすると利欲犯的性格の強いものであり、したがって、原判決が被告人に懲役刑に加えて二〇〇万円の罰金を併科したことが重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林充 裁判官森眞樹 裁判官小川正明)

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